夫のモラハラから回復する途中で起きた心の反動
これは、夫からのモラハラを受けたあと、
関係を見直し、心が回復し始めた時期に起きた出来事の記録です。
「夫の暴言・モラハラで悩んでいるあなたへ」
→ 夫の暴言・モラハラで「夫中心」になっていた私が …
(モラハラで心が濃く支配されていた状態の体験談)
壊れていく過程ではなく、
「少しずつ感じられるようになった心」が、
思いがけない形で揺れた、その正直な記録でもあります。
最近、これまで感じたことのない強さのフラストレーションに襲われている。
理由は一見、はっきりしているようで、
実は自分でもうまく説明できなかった。
在宅が続いて外に出られない。
たまに出勤すれば、人間関係がどうしても合わない。
そして、会いたいと思う人に会えない。
一つ一つは些細なことのように見えるかもしれない。
でも、それらが重なったとき、頭の中がずっと騒がしくなった。
何をしていても考えが止まらない。
イライラして、焦って、落ち着かない。
「私、どうしちゃったんだろう」
そんな言葉が、何度も浮かんだ。
フラストレーションが強すぎて、不安になった
特に苦しかったのは、
「特定の人に会いたい」という気持ちが、
自分でも驚くほど強かったことだ。
頭から離れない。
会えないと、余計に考えてしまう。
そして、ある瞬間、こんな不安がよぎった。
「これって依存なんじゃない?」
「私、誰かに寄りかかりすぎてない?」
そう思った途端、
さらに自分を責める気持ちが強くなった。
大人なのに。
自立したいと思っているのに。
どうしてこんなに心が揺れるんだろう、と。
本当に欲しかったものを、言葉にしてみた
このまま考え続けても答えは出ないと思い、
自分に問いかけてみた。
「もし今、その人に会えたら、
私は何が一番満たされるんだろう?」
しばらく考えて、出てきた答えは、
驚くほどシンプルだった。
・話したい
・安心したい
この二つだった。
恋とか、ときめきとか、
そういう言葉の前に、
ただ「安心して話せる」という感覚が欲しかった。
私は長い間、「安心して話す」経験が足りなかった
結婚後、夫との関係の中で、
私は少しずつ「話すこと」を失っていった。
何を言っても否定される。
論理でねじ伏せられる。
「それはお前の考えすぎだ」と言われ続ける。
自分の感情を説明しようとするほど、
間違っている側に立たされる感覚があった。
次第に私は、
話す前に頭の中で何度も言葉を検閲するようになった。
家庭では、空気を読まなければならない時間が長かった。
本音を言えば、何かが壊れそうで怖かった。
だから、黙ることを覚えた。
外では「ちゃんとしている人」でいようとした。
迷惑をかけないように。
弱さを見せないように。
その結果、
話すこと=消耗すること
になっていた気がする。
そんな中で、
否定されず、遮られず、
「そのままで大丈夫」と感じられる会話に出会った。
意見が正しいかどうかよりも、
感情を受け止めてもらえた。
それが、思っていた以上に心を救っていた。
「夫の暴言と孤独の先に見つけた“人生の意味”」
→ カウンセリングや人生の回復プロセスが深く描かれている別記事
会えなくなった途端、世界が狭くなった
安心できる場所が一つしかない状態で、
そこに行けなくなると、どうなるか。
家にいても落ち着かない。
在宅では刺激がなく、思考だけが回る。
職場に行けば、人間関係に気を張る。
逃げ場がない。
そんな状況で、
「安心できた記憶」だけが、
どんどん大きくなっていった。
だからフラストレーションが爆発した。
それは、その人に執着していたからではなかった。
夫からのモラハラによって長く奪われていた
「安心できる関係」を、
体が思い出した反動だったのだと思う。
これは弱さじゃなく、回復のサインだった
言葉にしていく中で、
一つの結論にたどり着いた。
この強いフラストレーションは、
壊れているサインではなく、
回復し始めたサインだったのではないか、ということ。
- 外に出たい
- 人と話したい
- 安心したい
これらは、人としてとても自然な欲求だ。
長い間、我慢して、抑えて、閉じてきたから、
少し自由を感じたときに、
反動が大きく出ただけだった。
ダムの水が溜まって、
少しずつ流れ始めたような状態だった。
「会いたい」は、悪い感情じゃない
「誰かに会いたい」
「話したい」
「安心したい」
これらを感じること自体は、悪いことではない。
問題になるとしたら、
それを一人だけに背負わせてしまうこと。
だから私は今、
安心を分散させる練習をしている。
- 目的のない外出をする
- 人の気配がある場所で一人で過ごす
- すぐ答えを出そうとしない
- こうして文章にして、気持ちを外に出す
完璧じゃなくていい。
少しずつでいい。
それだけで、
頭の中の騒音は確実に下がっていく。
同じように苦しい人へ
もし今、
夫やパートナーからのモラハラを受けてきた中で、
- 会いたい気持ちが強すぎて怖い
- 依存している気がする
- 自分が情けないと感じてしまう
そんな思いを抱えている人がいたら、伝えたい。
それは弱さじゃない。
安心を知ったからこそ生まれた感情かもしれない。
安心できる世界があると知ったから、
もう元には戻れなくなっただけ。
今はまだ途中でいい。
整理できなくてもいい。
こうして言葉にしようとしている時点で、
ちゃんと前に進んでいる。
この文章は、
「解決した話」ではない。
ただ、今の正直な記録だ。
でもきっと、
同じ場所で立ち止まっている誰かにとって、
「自分だけじゃない」と思える材料にはなるはずだと思っている。
「仕事を始めたら、夫の暴言の苦しみから少しずつ解放された話」
→ 実際の生活行動(外へ出る一歩)につながる体験談

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