知らない土地で始まった「情緒的孤立」
結婚後すぐ転勤族の妻になった私は、見知らぬ土地で生活を始めました。
家族も友達もいない場所で、頼れるのは夫だけ。
最初の2週間は環境に慣れるだけで必死で、寂しさを感じる余裕もありませんでした。
しかし、新しい刺激がなくなると、
静かな部屋でテレビを見るだけの毎日が始まりました。
同い年くらいの人たちが楽しそうに働き、
SNSで友達がキラキラと日々を過ごす姿を見るたびに、
「私だけ取り残されている」
そう感じてしまう。
まだ20代。
本来楽しいはずの時期に、
孤独な老後のような時間が流れていました。
一緒にいるのに孤独——会話が支えだった
だからこそ、夫との会話は何より大切でした。
「今日見たもの」
「感じたこと」
ただ聞いてほしかった。
繋がっていたかった。
寂しさを埋める唯一の手段だったのです。
しかし、そのたった一言で、
私は心を閉ざしていくことになります。
「鬱陶しいから話しかけるな」——モラハラのはじまり
赴任先に来て1ヶ月が過ぎた頃。
仕事から帰ってきた夫に、今日の出来事を話そうと声をかけた瞬間、
「鬱陶しいから話しかけるな」
怒りを含んだ目。
低く押し殺した声。
その言葉を浴びたとき、
心がスッと冷えていくのを感じました。
悪いことを言った?
タイミングが悪かった?
必死に自分を責める私。
でも、違った。
私の存在そのものが、鬱陶しいと言われた。
帰宅後も、休日もゲームに没頭し、
私の存在は彼の世界から消えていった。
一緒にいるのに、ひとりぼっち。
これは立派な情緒的モラハラでした。
話すことが怖くなった
それから私は、言葉のすべてを一度飲み込むようになりました。
「今、話しても大丈夫?」
「怒られない話題?」
常に顔色を伺いながら、恐る恐る話す。
でも何を言っても
「おかしい」
「意味がわからない」
と否定される。
涙が落ちても
「違うって言ってるでしょ」
共感も慰めも、そこにはなかった。
それでも信じていた。
「伝えればわかってくれるはず」と。
でも、伝えるたびに傷つけられるだけでした。
「もうこの人と話したくない」と思った日
ある日の些細な一言で、
私の中の何かがぷつりと切れました。
何を言われたかは思い出せない。
でも、確かにこう思ったのです。
「この人とは、もう会話をしたくない」
それは私の心が発した
小さな防衛本能だったのだと思います。
このブログを始めた理由
——私の痛みを置き去りにしないために
私は、自分が経験したことを
なかったことにしたくない。
だから、ここに記録していきます。
もし今、同じような状況で苦しんでいる人がいるなら、
「私だけじゃなかった」
そう思ってもらえる小さな灯りになれたら。
この記録が誰かの心に寄り添いますように。
次回予告|「ありがとう」「ごめんね」が言えない人
当たり前の言葉が当たり前に言えない関係。
それが心の摩耗を生みました。
次回は、
「ありがとう」「ごめんね」が言えない人との生活について
綴っていきます。
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